2010年10月29日

忘れないうちに。

朝起きてみたら何とも言えないだるさと吐き気。
風邪?なのかな?
熱が出ているわけでもなし、かといって動き回っていたら気持ち悪くなってきたんで、今日一日は店と工房をカミさんに任せてデスクワークを。

そんなことはさておき、駆け足で観てきた瀬戸内国際芸術祭とあいちトリエンナーレ。
旬の、現在進行形のアートを様々なシチュエーションのもとに堪能することができた。
ん?現在進行形ってナニ?
っていうか進行形でないアートってナニ?
・・・今日は頭がボーッとしてるんで、またそのうちゆっくりと考えよっと。

さて、そんなわけで、いろいろ印象深い作品に出会った一週間だった。
ナニがどう印象深かったかと言えば、例えばジェームズタレルのとんでもなく心地よい、白い壁とベンチから見上げる四角い空とか、真っ暗闇に浮かんでくるスクリーンとか、嵐の中、小さな家の中に生まれる一体感とか、大竹伸郎の何でもあり的なメチャメチャなボロ家とか、波の圧力で音の出る舟とか、戸の家とか、うちわの家とか、チリンチリン鳴って震える羽だとか、竹でできたバカでかい寝床だとか、無限に湧き出て永遠に変化し続ける、殻の中にいるようで、でも地球そのものであるようで、いつまでもそこに留まっていたくなるような空間だとか。
楽しくて面白くて、書いてたらキリが無いのでこの辺で。
あ、大勢の人の色々な感情の渦巻く、何て言うか、神社で勝手な願いを描いた絵馬がたくさん括り付けてある場所的な作品は苦手。
作品が良い悪いと思う前に、ただ単に苦手なのです。

今回の旅のなかで一番印象深かったのは、実は芸術祭の前に観に行ったイサム・ノグチ庭園美術館。
「芸術は全て未来への贈り物、それ以外に何の価値があるでしょうか。」との言葉を遺したイサム・ノグチ。
この言葉が旅行中ずっと頭の中で重く響くことになった。

この美術館は、彼がその晩年アトリエと住居を構えた場所をそのままミュージアムにしたもの。
彼が真摯に石、自然と対峙した痕跡の中を、興奮で軽い目眩を感じながら歩いた。
矢で割っただけの未完成の作品からも彼の息遣いが伝わってくるようだ。
移築された酒蔵の中の薄暗い空間に鎮座する「The energy・ void」。
高さ3.6m、いくつかの石を継ぎ、美しく研磨された作品。
エネルギーと空虚、その題名のように作品の周り一帯を重力感と無重力感が絡み合って不思議な感覚に陥る。
彼が未来に遺してくれた贈り物。
人間がこの地球上に、宇宙に、存在する、存在し得る理由。
そして、芸術の存在価値。
普段即物的な生き方をしているボクでさえ、この作品の前においてはそんなことを思索せずにはいられない。
いや、思索するというより、感じるといった方が近いかも。
言葉でない、何か。

ああ、何か、やっぱ頭がボーっとしてる・・・



posted by flowers at 23:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
博多のアジア美術館の現代アート評論家(パート)としては、正しい!
Posted by 才谷すね太露ー at 2010年10月30日 01:12
才谷サン、何スネてんすか。
Posted by flowers at 2010年10月30日 12:37
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